初瀬修一(1)
2.国際研究都市特別区 18:11/8/Aug/2029

モニタに浮かんだ獲得賞金総額は10桁の半ば近くに達していた。単位は『Cr.』、つまりはVRMMOにおける共通バーチャルマネーであるところの『クレジット』だ。50億クレジットに限りなく近づいているその数字は、俺ことコードネーム"バセット"がこれまでの幾多の『ネットゲーム』で勝ち取ったスコアであると同時に、現実の俺こと"初瀬修一"の総資産に限りなく等しい。
100Cr.≒1円、すなわち、50億クレジットは約5000万円である。
21歳、大学院卒、現在国立研究法人総合産業研究所電気通信技術研究部主席研究員、といえばよほどの高給取りであるが、実際のところ国から支払われる給与はそのほとんどが道楽に消えている。特別区の中央NOC(Netwaork Operation Center)に隣接した高層マンションに構えた自宅のローン。加えて、日本全体の基幹線に最上位でつながる私設NX(Network eXchange)と接続権の維持費、ネット上の巨大データベースGA(Global Archives)の使用権、ネットへのダイブに使うベッド型ターミナルの保守料、電気代。これらはすべて、ただよりよいネットアクセス環境を確保するためだけに支払われている。
そういった経費を支払うと、僅かな食費と雑誌の購読費用ほどしか残らない。
仕事である研究に使う時間は一日4時間と最低限に切りつめ、6時間の睡眠と体力維持のため2時間の運動、最低限の雑用に2時間を使う。残りの10時間こそが、俺の『あるべき場所へ』帰る時間となる。

『VRMMO』あるいは単に『ネットゲーム』と呼ばれる、人類の歴史が始まって以来最大ともいえるリソースの浪費が始まったのは、俺がまだ4歳になるかならないかの頃である。
飛び級で入った私立の小学校に馴染めず、コミュニティとは自分を阻害するものだと認識し始めていた俺は、"それ"に出会い、そしてのめり込んだ。
最初に始めたのは、どんなゲーマーでも一度は手に染める巨大ゲーム『ALfheim Online』だ。妖精に模した仮初めの体を与えられ、巨大な樹が見下ろす大地を闊歩し、空を力の限り飛翔する。そこには、年齢も、体格も、あるいは社会的地位でさえも揺るがすことのできない、『精神の自由』があった。同時に、ネットゲームだからこそ生まれる友情や親愛、葛藤や確執、策略や憎悪もまた横溢していた。
そこは、下らない同列意識や不健全な生活集団に縛られない、真のコミュニティがあった。
……そのときは、あったと感じたのだ。
どんなゲーマーにもかならず訪れるものがある。倦怠だ。
完成した友人関係、安定した環境、知り尽くしたゲームシステム。あるいは、慣れからくる惰性的行動の繰り返し。
子供であった俺が、『飽き』るまでに4年掛かったことを考えると、『ALO』は恐ろしくよくできたゲーム世界だったといえるだろう。
ともかく、俺は新たな刺激を求めた。
子供が刺激を求めるとき、より危険で醜悪な方向に心を曳かれるのは、俺に限ったことではないだろう。
荒廃した異星世界『Gun Gale Online』
戦乱渦巻くファンタジー世界『Berserk the Last Armageddon』
背徳と裏切りに満ちた中世世界『Dark Age Online』
そして、俺を決定的に引きつけたのは軍事の世界だった。
20世紀の海軍をあつかった『Jane's Naval Affairs』と『Pacific Storm』
WWⅠをあつかった『The Great War』とWWⅡをあつかった『The Axis』
とどめは、現用戦闘機で戦う『War Birds:the Aces』だった。
集団戦と個人の技量、システムへの熟知と組織運営能力。プレイヤー同士で中隊を組み、対CPUミッションやPvP、あるいは中隊同士の対戦・SQvsSQを戦っていく。空を飛ぶ自由と適度なしがらみのバランスが、心地よかった。
もし、運営企業が買収されてアップデートが止まらなければ、俺は今もまだ『WB』の鉛色の空を飛んでいたに違いない。
企業間のトラブルか、それとも熾烈なシェア争いの帰結なのか。いずれにしろ、一向に打開されない事態に『WB』プレイヤーの苛立ちは高まった。
廃プレーヤー有志数名が中心となってとあるユーザグループが結成された。このグループは、『WB』存続を求める集まりから次第に新たなゲーム世界を作り出すワーキンググループへと変貌していく。そして、新ゲーム『Air Superiority Online』が産み落とされた。その発起人に俺の名前が入っていたことは、さしておかしな事ではなかった。
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2020/12/30(Wed) | 小説本文 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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