バセット(2)
『ハインケル・ウント・ラッセル整備工廠』、略す場合には『H&R Waff』または『H&R』。
創業は1922年で、第三帝国の再軍備宣言以降戦車・航空機を始めとした様々な戦闘機械の整備と生産を手がけてきたという由緒正しい歴史を、堂々と捏造しているプレイヤー工廠である。
もちろん、ASO自体が開始してから1年足らずのゲームであるため、現実の倍速で進んでいるゲーム内時間ではまだ2年も経過していない。
しかし、初期プレイヤー300人の中に名を連ねたウーフー・ハインケルとラッセル北島が経営している『H&R』は、最も老舗の私工廠であることに違いはない。そして、技術力の高さと値段だけは信用できる工廠でもある。
カブを引っ張りながらNPCの門衛に軽く手を振り、事務所の建物に近づく。やはり赤煉瓦造りの平屋の建造物は、とても築1年とは思えない風格を漂わせている。壁面にはツタまで這っている。いつ見ても凝りすぎだ。
「ハインケルのおっさん、いるか?」
分厚いオーク材の扉を開けて事務所にはいると、そこにはえくぼの可愛い女性工員が待っていた。ペパーミントグリーンのつなぎに同色のキャップ。燃えるような赤毛は邪魔にならないようにお団子にまとめている。H&Rの見習い工員、アイリーン・キャラハンだ。
「バセットさん、いらっしゃい。社長なら裏ですよ。」
「おはよう、アイリーン。俺の機体、もう仕上がってる?」
「昨日のうちに終わらせてありますよ。点検は私も手伝いましたし。」
「おいおい、ハインケルのおっさんはともかく、お前さんは見習いだろ?大丈夫なのか?飛んでる最中にネジが外れたりしないだろうな?」
ニヤニヤと笑いながら軽くジャブを繰り出す。
「最近の戦闘機は全部スナップフィットと真空圧着でーす。ネジなんか使ってませんよ。それとも、バセットさんのは古い機体だから特別にネジ止めしてあげた方がいいのかしら?」
見事なカウンターパンチ。
「い、いや。ネジは使わなくていいから。ゴメンナサイ。」
「分かればいいのよ。」
鼻息も荒く得意げに言い返される。
「あはは、俺裏行くわ。請求書あとでメールしておいてくれ。」
「はーい、まいどー。」
最初はいろいろとからかい甲斐のあったアイリーンも、いまではすっかりいっちょまえのマイスターになりつつある。1年近くも経てば当然といえば当然なんだが。
ぼやきながら裏のハンガーへ回る。
そこには、老舗の整備工場に相応しい、あるいは私工廠には相応しく無いとも言える設備が整っている。
標準サイズの戦闘機を10機整備できるスペースに、今はMBTが2両と戦闘機が4機置かれている。それらのジャッキアップ用可動式クレーンや3次元ロックアーム、電源用のブースター、様々な工具。奥には相転移炉をメンテするための大型遮蔽室も用意されている。さらには搭載メインコンピュータを調整するための大型論理メモリプリンタや、出力調整をするための環境シミュレータまで揃っている。これだけの設備を揃えているのは、連合軍や条約軍の統合軍工廠を除けば、工廠組合や大手企業に限られる。中小の私工廠でこれだけ金をかけているのはここぐらいのものだ。通常は工廠組合の設備を賃借りすれば済む話だからだ。
「おやっさーん。」
「誰がおやっさんだ、誰が!」
ハンガーの一番手前に駐機してある機体の下から、作業ボードに仰向けに寝そべった男が出てきた。カーキグリーンのつなぎに森林迷彩柄のTシャツを着た、若い白人男性。驚くほどの美形に設定されたその顔は、どこぞの耽美系アーティストか高級ホストにしか見えないが、足下の安全靴や腰に下げたマシンオイルまみれのタオルなどが雰囲気をぶちこわしている。
「いっきしんっ!ちきしょうめ~」
見事なまでにオヤジ臭いクシャミをしたあと、悪態までついて見せたこの男が、H&R社長兼主任マイスター、ウーフー・ハインケル。自称ビジュアル系ボルト・アンド・ナットガイ。他称レーベックのオヤジ坊や。レトロゲームフリークにしてASO最強の整備士である。
2020/12/27(Sun) | 小説本文 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
前のページ ホームに戻る